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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)3940号 判決

原告

破産者O破産管財人

滝井繁男

右訴訟代理人弁護士

清水正憲

小林邦子

田原睦夫

河野理子

被告

株式会社日本興業銀行

右代表者代表取締役

西村正雄

右訴訟代理人弁護士

加藤一昶

笠井翠

大江忠

加藤幸則

吉嶋覺

向井秀史

主文

一  被告は、原告に対し、金九七億一八二三万四七五八円及びこれに対する平成三年八月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項、二項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、平成四年六月一二日、大阪地方裁判所において破産宣告を受けたO(以下「破産者」という。)の破産管財人である。

破産者は、割烹及び料亭等の飲食業を営んでいた者であり、被告は、銀行業を営む株式会社である。

2  破産者の資産状況

破産者は、昭和四〇年ころから、大阪市南区(現在中央区)において、麻雀店、割烹及び料亭等を経営し、昭和六一年ころには一〇〇億円以上の純資産を有していたものであるが、昭和六二年ころより大量の株式投資を開始したことにより、金融機関との取引が飛躍的に増大し、また被告の求めに応じ、被告や他の金融機関から借入れをしてまで大量の割引債(以下「ワリコー」ともいう。)を被告から購入するようになり、借入れの金利が割引債の利率を上回るいわゆる逆鞘の状態にあったところ、平成元年に入り、折からの金利上昇に伴い破産者の金利負担は厖大なものとなり、同年には二六九億七三〇〇万円、平成二年には六二六億八四〇〇万円にまでなった。さらに、そのころから、株価及び不動産価格の大幅な下落が始まり、これらに投資していた破産者の資産状態は悪化し、純資産のマイナス額は平成元年末には五〇〇億円、平成二年末には四六二〇億円にも膨張した。そして、資金繰りに窮した破産者は、資金的裏付けのない預金証書の作成を東洋信用金庫(以下「東洋信金」という。)元支店長M(以下「M」という。)に依頼し、右架空預金を担保として金融機関から借入れを行うまでになっていた。破産者の債務額は、その後も累増の一途をたどり、平成三年七月下旬には、大幅な債務超過に陥り、折からの金融引締めのため新規借入れも困難であったため、破産者は客観的に支払不能の状態に立ち至っていた。同年八月一三日、破産者が逮捕されたことによって、それまでも困難であった資金繰りは事実上不可能となり、破産者の経営する料理店等も営業を停止し、支払停止の状態となった。仮に、破産者が、右時点で支払停止になっていなかったとしても、資金不足により手形不渡を出した同月一九日には支払停止に陥った。

3  本件担保の供与

破産者は、平成三年七月二二日には、担保に差し入れられていたワリコー額面合計約三一二億円を東洋信金の自由金利型定期預金(以下「東信定期」という。)三〇〇億円へと担保差換えがなされ、その後に右東信定期を他の担保に差し換えるべき義務を負担していなかったにもかかわらず、右東信定期が架空預金であることを知ったか、もしくは強い疑念を持った被告からの執拗な要請に応じ、同年八月五日、被告のために、中外炉工業株式会社株式一五一万二〇〇〇株及び株式会社第一勧業銀行株式三〇万株に担保権(譲渡担保又は質権)を設定し、さらに同月七日、被告のために、被告発行の利付債券「リッキー」額面一〇億円、被告に対する自由金利型定期預金一三口額面合計五億三六一九万一九四六円、株式会社第一勧業銀行株式一〇三万株、株式会社東芝株式二七〇万株、湯浅電池株式会社株式五〇万株、日本電信電話株式会社株式一七〇〇株に担保権(譲渡担保又は質権)を設定した(以下まとめて「本件担保供与」という。)。

なお、仮に、本件担保供与が、被告主張のとおり、破産者と被告との間で平成三年七月三一日になされた担保供与約束(以下「本件担保約束」という。)に基づくものであったとじても、右約束自体が、何ら義務によることなく担保を供与することを約束したものであり、破産債権者を害する行為といえる。

4  破産法七二条四号による危機否認

(一) 本件担保約束及び同供与は、支払停止の前三〇日以内になされたものである。

(二) 原告は、本訴において、破産者の本件担保約束及び同供与を否認する。

5  破産法七二条一号による故意否認

(一) 破産者の詐害意思

破産者は、自己が既に大幅な債務超過に陥っており、本件担保供与を行えば、自己の共同担保が減少し、被告以外の他の債権者が満足を得られなくなることを知りつつ、本件担保約束及び同供与を行った。

(二) 原告は、本訴において、破産者の本件担保約束及び同供与を否認する。

6  被告は、平成三年八月一五日、次のとおり本件担保供与財産を処分し、合計九七億一八二三万四七五八円を取得した。

中外炉工業株式会社株式

一二億三四六一万三〇一六円

株式会社第一勧業銀行株式

三一億八二四二万四〇〇〇円

被告発行利付債券「リッキー」

一〇億二四一〇万九五八九円

自由金利型定期預金一三口

五億四〇六三万一二五三円

株式会社東芝株式

一八億八七〇二万一九〇〇円

湯浅電池株式会社株式

四億九三五一万五〇〇〇円

日本電信電話株式会社株式

一三億五五九二万円

7  よって、原告は被告に対し、本件担保約束及び同供与の否認に基づき、金九七億一八二三万四七五八円及びこれに対する担保財産処分の翌日である平成三年八月一六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の事実中、破産者が昭和六二年当時から、大阪市南区において料亭を経営していたこと、同年ころからワリコーを購入するようになり、順次購入量が増加したこと、平成二年から株価が大幅に下落し始めたこと、平成三年八月一三日破産者が逮捕され、同月一九日破産者振出しの手形が不渡りとなったことは認め、被告がワリコーの購入を破産者に求めたこと、同年八月一三日、破産者が支払停止の状態になったことは否認し、その余は不知ないし否認する。

3  同3の事実中、本件担保供与の事実は認め、その余は否認する。

本件担保供与は、昭和六三年三月に被告と破産者間で締結された銀行取引約定四条一項に基づく破産者の担保提供義務の履行としてなされたものであるし、また、次のとおり一連の担保差換え行為の一環としてなされたものである。すなわち、破産者は、平成三年七月一〇日、被告に担保として差し入れていたワリコー額面合計三一二億円を売却してノンバンクへの借入金を返済したいので、額面三〇〇億円の東信定期(以下「東信定期三〇〇億円」という。)を担保として差し入れる代りに右ワリコーの担保を解除して欲しいと申し出た。これを被告が断ると、同月一六日、破産者は、同年八月一二日に弁済期の到来する被告からの借入金三〇〇億円を住友銀行の定期預金を原資として返済することを条件に、つなぎの担保として東信定期三〇〇億円を入れるので、ワリコー三一二億円の担保を解除して欲しいと申し出たため、同年七月二二日、被告はこれを承諾し、ワリコー三一二億円の担保を解除した。しかるに、同月三〇日になって、破産者は住友銀行の定期預金を他の用途に費消し、三〇〇億円の返済ができないので、つなぎの担保の東信定期三〇〇億円を株式に差し換えると申し出てきたため、被告はやむなく右申し出を受諾し、同月三一日、本件担保約束をし、同年八月五日及び同月七日に本件担保供与を受けたものである。このような一連の担保差換えの最後の合意部分のみを否認するのは不当である。つなぎ担保として差し入れられた東信定期三〇〇億円は、後に資金的裏付けのないことが発覚しており、結局、ワリコー三一二億円分の担保価値の減少に対し、本件担保供与は九七億円相当にしか満たず、右担保の差換えは何ら債権者を害するとは言えない。

4  同4(一)は否認し、同(二)は争う。

5  同5(一)は否認し、同(二)は争う。

6  同6は認める。

三  抗弁(危機否認及び故意否認に共通)

被告は、本件担保約束及び同供与時、右各行為が破産債権者を害することを知らなかった。

破産者は、金融機関から次々と借入れをしては、それを定期預金、ワリコー及び株式などの購入にあて、資産を増大させ、さらにこれら定期預金及びワリコーを担保に金融機関からの借入れを繰り返し、自己の資産と負債の双方を増大させ、一流銀行の預金やワリコー、あるいは安定銘柄の株式という形で巨額な資産を保有することにより、金融機関に対する信用力を不動のものとしていたのである。そのうえ、破産者はその資金繰りに困窮すると、昭和六二年一月ころから偽造等不正の預金証書を利用する手口を使いはじめ、平成三年八月までの間に一九通額面総額四一六〇億円の東信定期証書を偽造し、被告を含む他の金融機関に融資の担保として差し入れていたワリコーや株券等を差し換える詐欺行為を実行していたのである。被告は、信用金庫までをも解体に追い込んだ類を見ない重大犯罪を平然と犯していた破産者の資産状況を見抜けない状況で取引行為をしてきたのであって、破産者が早晩倒産することについての認識などは全くなかった。被告が、破産者の東信定期が架空預金であることを知ったのは、同年八月一〇日に至ってからのことである。原告の主張するように、仮に被告が破産者の資産状況を知っていれば、まず、同年七月二二日にワリコー三一二億円の担保解除に応ずるはずがないし、また、被告は、同年八月五日には額面一五五億円の東信定期(以下「東信定期一五五億円」という。)の担保を解除し、破産者から二〇〇億円のワリコーの担保差入れを受けて同人に対し二〇〇億円を貸し付け、同月九日には普通預金三四〇二万円の払い出しに応じているが、右状況を知っていれば、このような行為を行うはずがない。

四  抗弁に対する認否

抗弁の事実中、平成三年八月五日に被告が東信定期一五五億円を担保解除し、また、破産者から二〇〇億円のワリコーの担保差入れを受け、同人に対し二〇〇億円の貸付けをした事実は認め、その余は否認する。

被告は、破産者と親密な関係を有し、一個人である破産者に対し一〇〇〇億円にも及ぶ異常な融資を行っていたもので、右金利負担が異常に増加していたこと、破産者が購入するワリコーは金融機関からの借入金によって行われていたが、右借入金の金利がワリコーの利率を上回るいわゆる逆鞘の状態にあったこと、破産者の借入金の使途が生産性を持つものではなく、その大半が株式投資及び割引債の購入にあてられていたこと、平成二年以降株価及び地価が下落して破産者の資産状態が悪化していたこと、その結果平成三年には莫大な債務超過に陥っていたことを十分認識しており、さらに、同年七月末には、破産者の東信定期が架空預金であり資産的裏付けのないものであることを知ったか、もしくは強い疑いを持つようになり、慌てて、破産者に対し「日銀の監査がある。」等と言って、右定期預金を他のより経済的価値の確実な担保に差し換えるよう執拗に求め、本件担保供与を受けるに至ったものである。

第三  証拠

証拠関係は、本記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、それらの各記載を引用する。

理由

一  請求原因1は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(破産者の資産状態)について

1  甲第一、第二、第一八、第三四号証、第三五号証の1、2、乙第二〇、第二一号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

破産者は、昭和四〇年ころから大阪市中央区千日前において料亭「××」を経営し、また大衆料理店「○○」及びスナック等を経営していたものである。

破産者は、昭和六二年ころから、金融機関からの借入金によって巨額の株式投資、ワリコーの購入及び不動産投資等を行うようになり、昭和六三年ころからは、右株式、ワリコー及び不動産等を担保として、さらに多数の銀行及びノンバンクから金員を借り入れ、数百億円単位の株式取引を行い、その結果、多額の株式譲渡益をあげ、借入金額(約一五二五億円)とともに資産額(約一七八九億円)も増大させ、一時は、不動産を除いても約二六四億円もの純資産を有するに至った。しかし、破産者の借入金に対する支払利息は、右借入金によって購入したワリコー、不動産、預金等から生じる受取利息及び収益を上回る、いわゆる逆鞘の状態にあり、また株式売買損が生じたため、平成元年末に破産者の純資産はマイナス約四九七億円に転じ、さらに平成二年一月以降の株価の暴落により資産状態が悪化したことから、同年末には純資産はマイナス約四六二〇億円にまで落ち込んだ。破産者は、同年末には、借入金総額約七二七一億円、金利負担だけでも年間約六二六億円に達しており、膨張する借入利息等の支払いに窮した結果、平成三年二月、東洋信金前川支店長を通じて、八通の東信定期証書を偽造し、これを他の金融機関に対し担保として差し入れ、返済資金を捻出するなどの不法な手段を用いるようになっていたが、同年八月一三日、有印私文書偽造・同行使罪により逮捕され、同月一九日、資金不足により第一回目の手形不渡を、同月二〇日、資金不足により第二回目の手形不渡をだし、同月二三日、銀行取引停止処分となった。なお、逮捕時の破産者の未払借入金は四六九一億円であった。

2  以上の事実によれば、破産者は、平成二年末の時点で借入金総額約七二七一億円の負債を抱え、支払利息だけでも年間約六二六億円となっていたところ、同人は架空預金証書を偽造し、これを担保にするなどして返済資金を捻出していたが、債務は増加の一途をたどっており、平成三年八月一三日に、逮捕されて資金調達をすることが完全に不可能となり、同月一九日、第一回目の手形不渡を出し、これによって支払能力が一般的かつ継続的に欠陥していることが外部に表示され、すなわち支払停止となったものと認められる。

三  請求原因3について

1  本件担保供与の事実については当事者間に争いがない。

2  右担保供与(被告主張の本件担保約束が存する場合は同約束を含む。)が何ら義務に基づかず、新たに供与されたものであるか否かについて

(一)  本件担保供与に至る経緯

甲第一、第二号証、第三号証の1ないし24、第四号証の1ないし30、第五号証の1ないし29、第六号証の1ないし22、第九号証の1、2、第一〇ないし第三〇号証、乙第一号証の1、2、第二号証、第三ないし第八号証の各1、2、第九、第一〇号証、第一一、第一二号証の各1、2、第一三ないし第一五号証(証人H(以下「H」という。)の証言により真正に成立したと認められる。)、第一六ないし第一八号証、第一九の1ないし4、第二〇ないし第二三号証、第二四の1ないし3、第二五号証の1ないし4、第二六号証の1ないし11、第二七、第二八号証の各1、2、第二九、第三〇、第三二、第三三号証、証人H及び同B(以下「B」という。)の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 破産者は、昭和六三年三月一六日、被告との間で、債権保全を必要とする事由が生じたときは、被告の請求により直ちに担保を差し入れる旨の約定を含む銀行取引契約(乙一の1、2)を締結し、以後、ワリコー、株式、預金及び不動産等を担保として、被告との間で多数回にわたり金銭消費貸借契約を締結し、また頻繁に右担保の差換えを行ってきた(乙二)。

(2) 破産者は、平成三年四月一六日ころ、被告に対し、同月一九日から二四日までの間、税務調査の関係上ワリコー債券証書を一度戻して回号等を確認したいとの申し出をなした。被告はこれに応じて、右の期間、ワリコー額面合計約一五九億円の担保を解除する(乙三の2)代りに、つなぎの担保として東信定期三〇〇億円の預金証書(証書番号七二〇一八六五)の差入れを受け、東洋信金門真東支店の支店長Mから質権設定承諾書(乙二三)を得た上、右預金に質権を設定した(乙三の1)。しかるところ、同月二四日、被告は破産者へ右ワリコーを返還し、それに換えて質権設定された右預金証書を破産者に返還する(乙四の1、2)等の担保差換えを行った。また、同年五月二一日にも、被告は破産者の求めに応じ、破産者の通知預金五〇億円に担保を設定する一方(乙五の1)、ワリコー額面合計約五三億円につき担保を解除をし(乙五の2)、また、同月二二日、破産者から前記東信定期三〇〇億円の預金証書の差入れを受け、右預金に質権を設定する一方(乙六の1)、ワリコー額面合計五三億円につき担保を解除をし(乙六の2)、さらに同月二三日、破産者の通知預金五〇億円に担保を設定する一方(乙七の1)、ワリコー額面合計約五二億円につき担保を解除し(乙七の2)、同月二四日、破産者の通知預金五〇億円に担保を設定する一方(乙八の1)、ワリコー額面合計約五四億円につき担保を解除し(乙八の2)、同月二七日、破産者の通知預金五〇億円に担保を設定する(乙九)等の担保差換えを行った。そして、被告は、同月三一日、破産者から右通知預金合計二〇〇億円により貸付金の返済を受けたため、東信定期三〇〇億円の担保を解除して、右預金証書を返還し(乙一〇)、さらに、同年六月二五日にも、税務調査の関係上ワリコー債券を一時期戻して回号等を確認したいという破産者の求めに応じ、一時的に東信定期一五五億円の預金証書(証書番号七二〇一八六〇)の差入れを受け、右預金に質権を設定し(乙一一の1)、ワリコー額面合計約一五八億円の担保を解除する(乙一一の2)等の担保差換えに応じていた。なお、同年六月二五日の合意では、破産者は、税務調査終了後は、右ワリコー一五八億円を被告に差し戻すことになっていたが、右ワリコーは返還されないままでいた。

右のように、同年四月ころから、被告は破産者から担保として東信定期の差入れを受けるようになっていた。

(3) さらに、被告は、同年七月二二日、ワリコーを売却してノンバンクへの借入金の返済に充てたいという破産者の申し出に応じ、同人が同年八月一二日までに弁済期の到来する貸付金三〇〇億円を、同日満期の到来する住友銀行の定期預金を使って返済すること及びその間のつなぎの担保として東信定期三〇〇億円を差し入れることを条件として、ワリコー額面合計約三一二億円の担保を解除し(乙一二の2)、同日、破産者から東信定期三〇〇億円の預金証書(証書番号七二〇一八六五)の差入れを受け、右預金に質権を設定し(乙一二の1)、また、貸付金返済確約の趣旨で、支払場所を住友銀行とする同年八月九日振出の先日付小切手(額面金三〇〇億円)を受領した(乙二四の3)。

(4) しかるに、同年七月二五日、富士銀行の複数の支店において、取引先企業二三社に対し入金のないまま預金証書を発行し、右取引企業はその預金証書を担保にノンバンクから総額二六〇〇億円の融資を受けていたことが新聞で報道され、さらには、旧埼玉銀行及び東海銀行においても架空預金事件が発覚し、それら一連の架空預金事件の報道が連日なされ、同月二八日には大蔵省が都銀各行に対し調査指示を出す事態にまで発展した。

(5) さらに、同月三〇日、被告大阪支店資金部長であったHは、破産者から「東信定期は私の隠し財産だ。詳しいことは後で話すが、警察がマル暴の関係で動いており、被告にも聴取があるかもしれないが、東信定期のことは言わないように。」等と電話で連絡を受けた。この連絡に接したH並びに同支店副支店長Y、同資金部個人営業班班長K(以下「K」という。)及び同班副調査役Bらは、破産者がワリコーの取引などには触れず、東信定期についてのみ口止めしたことに不信の念を抱き、直ちに、差し入れられていた東信定期一五五億円及び同三〇〇億円の各証書を確認したところ、右各預金証書の用紙は透しが入っているなど真正な用紙が使用されていると思われたが、金額欄はチェックライターで打ち込まれ、破産者の名前がボールペンで記入されており、当時一般化していたコンピューター印字ではなかった。

同日夕方、H、K及びBは、被告大阪支店長の命令を受け、破産者に右定期預金の性質を問い質すべく、破産者経営の「○○」を訪れたところ、破産者は、右定期預金は自分の裏金であると説明した。これに対し、Hらは、破産者に対し「警察から聞かれれば、東信定期のことは話さざるを得ない。先に約束した貸付金三〇〇億円の返済をして欲しい。そうすれば、東信定期三〇〇億円を返還することができる。」等と要請したが、破産者は、「三〇〇億円の返済の原資となるはずの住友銀行の定期預金は、警察からの聴取に動揺したノンバンクからの強い返済要請によってその返済に使用してしまった。」と告白した。その後の交渉の結果、破産者は被告に対し、東信定期三〇〇億円に代わる担保を差し入れることを基本的に了解した。

(6) 同月三一日、H及びBは、破産者との間で、本件担保供与について交渉し、東信定期三〇〇億円の代りに、担保として、八月五日に時価二二億円相当の株式(中外炉工業株式会社株式一五一万二〇〇〇株及び株式会社第一勧業銀行株式三〇万株)、同月六日に時価一四一億円相当の株式(株式会社第一勧業銀行株式一〇三万株、株式会社東芝株式二七〇万株、湯浅電池株式会社株式五〇万株、日本電信電話株式会社株式一七〇〇株及び外六銘柄の株式)、同月八日に時価一四〇億円相当の株式(株式会社第一勧業銀行株式八六万三〇〇〇株、日本電信電話株式会社株式二八〇〇株及び外九銘柄の株式)を差し入れることの合意、すなわち本件担保約束をなし(乙一三ないし一五)、さらに、東信定期一五五億円については、同日二〇〇億円の返済があったことにより余剰担保となったワリコーと差し換えることを合意した。

(7) 被告は、同年八月五日及び同月七日、本件担保約束に基づき、破産者から本件担保供与、すなわち同月五日及び同月六日供与予定であった株式の一部並びに被告発行の利付債券「リッキー」額面一〇億円及び被告に対する自由金利型定期預金一三口額面合計五億三六一九万一九四六円の担保供与を受けた。また、同月五日、被告は、破産者から、ワリコー額面合計二〇五億円の差入れを受けてこれに担保を設定した(乙一八)上、月中つなぎ資金二〇〇億円を融資し、同時に手形貸付五〇億円の書換えの手続きもなした。その一方、東信定期一五五億円の担保を解除し(乙一七)、預金証書を破産者に返還した。

(二) 右認定事実によれば、破産者は、昭和六三年三月一六日、被告との間で、担保差入れに関する約定を含む銀行取引契約(乙一の1、2)を締結しているが、右約定は一般的・抽象的な担保差入義務を負わせるものにすぎず、具体的な担保供与を負わせるものではない。さらに、本件担保約束及び同供与は、平成三年七月三〇日に、破産者が先に約束した貸付金三〇〇億円の返済が不可能であることを告白した事態を受けてなされたものであるが、本来右返済までのつなぎ担保として東信定期三〇〇億円が差し入れられていたのであり、したがって、右返済が実行できれば、右東信定期はつなぎの担保としての役割を終えるが、もし返済不可能となれば右東信定期が担保としての役割を果たすべきことになるだけであり、右東信定期を他の担保と差し換えるべき義務は当然には生じないし、その旨の事前の合意があったことも本件証拠上認められない。

いずれにしても、本件担保約束及び同供与は何ら義務によることなくなされたものといわねばならず、前記認定の破産者の資産状態を考慮すると、右各行為は、債権者を害する行為であると認められる。

四  請求原因4について

1  同4(一)は、前記二、三の認定説示に照らして明らかである。

2  同4(二)の事実は当裁判所に顕著な事実である。

五  請求原因6は、当事者間に争いがない。

六  抗弁について

前記認定事実と、甲第九号証の1、2、第一〇ないし第三〇号証、乙第二号証、第二六号証の1ないし11、第二七号証の1、2、第二八号証の1、2、第二九、第三〇、第三二、第三三号証、証人H及び同Bの各証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告においては、大阪支店の資金部個人営業班が破産者との取引を所轄し、同支店資金部長が決済権限を有していたこと、資金部長には、平成三年二月よりHが就任し、個人営業班には班長K、副調査役B他数名がおり、Bが破産者を直接担当していたこと、平成三年三月末当時、被告の破産者に対する貸付金総額は約七四五億円にまで増大し、被告は、右貸付に対しワリコー五六七億円、不動産一一四億円相当、預金七九億円の担保差入れを受けていたが、被告担当者らも、破産者の借入金の金利がワリコー及び不動産の収益を上回るいわゆる逆鞘の状態にあったことや、破産者が借入金の多くを株式に投資していたところ、平成二年一月以降株価が暴落していたことを認識しており、そのため、平成三年五月に、破産者の資産及び負債調査を行ったこと、右調査により同年三月末現在の破産者の資産は八八六九億円、負債は四三四一億円であると推定する内部資料が作成されていたが(乙二六の1ないし11)、担当者が主に破産者から聴取した断片的情報を寄せ集めて作成したものであり、破産者から所得税の申告書類も平成二年以降は提出されず、結局破産者の資産状況の全容を客観的に解明したものではなかったこと、その後、Hらは、破産者に対し、増大する借入金の圧縮を勧め、破産者の同意を得て、平成三年六月から九月までの予定で月中つなぎ資金二〇〇億円が融資されていたこと、破産者は、同年四月から七月にかけて、つなぎの担保として東信定期三〇〇億円及び同一五五億円の差入れを申し出るようになり、被告担当者らは、右預金額が東洋信金資金量の一割にも達していることに疑念を持ちつつ、架空預金であるとは考えず、これを受け入れることを承諾していたこと、しかしながら、富士銀行等他行における一連の架空預金事件が発覚し、連日新聞報道されるなか、同年七月三〇日、破産者からの電話連絡において、「東信定期は私の隠し財産だ。詳しいことは後で話すが、警察がマル暴の関係で動いており、被告にも聴取があるかもしれないが、東信定期のことは言わないように。」等と口止めされたため、被告担当者らは破産者がワリコー等の取引もあるのに東信定期についてのみ口止めしたことに不信の念を抱き、直ちにその証書を確認したが、その状況は前記三2(一)(5)のとおりであり、その真否は明らかではなかったこと(用紙は真正なものと認められたが、当時問題となっていた一連の架空預金事件は、銀行内部での預金証書偽造事犯であり、真正な用紙が使用されていることは、偽造証書である可能性を否定する材料にはならないし、当時一般的であったコンピューター印字でなく、金額がチェックライターで印字され、預金者名義が手書きであることは、偽造証書であることを積極的に示すものではないとしても、その可能性を払拭し難い事情である。)、そのため、H、K、Bの三名は大阪支店長の指示により、同日直ちに破産者と面談し、右東信定期の性質や沿革を繰返し問い質したが、破産者は、右東信定期が隠し財産であり、これが発覚すれば脱税問題になるなどの不明朗な説明に終始し、右東信定期に対する疑念を払拭するに足る説明はなかったこと(マル暴がらみの警察問題であるとの当初の説明からの変遷もみられる。)、そこで、被告担当者は、先に約束した三〇〇億円の貸付金の返済を実行しさえすれば東信定期三〇〇億円を返還できる旨を破産者に告げたが、破産者は、その返済の原資とする予定の住友銀行の定期預金をノンバンクへの返済に充てたとし、被告に交付した住友銀行を支払場所とする小切手(乙二四の3)の決済はできない旨を告白したこと、そのため、被告担当者は、東信定期三〇〇億円に代わる担保を破産者に要求し、交渉の結果、破産者は、右代替担保として株式(銘柄は後日選定)を差し入れることを基本的に了解したこと(なお、被告は、株価の暴落以来、破産者から株式を担保として受け入れていなかった。)、翌三一日、被告の担当者H、K及びBの三名は、破産者経営の店舗「××」に終日詰めて交渉した結果、当日は担保の提供を受けられずに終わったものの、破産者から時価合計三〇三億円相当の株式を同年八月五日、六日及び八日の三回に分けて担保として差し入れる旨の本件担保約束を得たこと(右各日に差し入れる予定の株式の銘柄及び株数は、前記三2(一)(6)のとおり。)、なお、右約束にかかる株式の時価は、東信定期三〇〇億円の額面額にほぼ見合うものの、本来被告においては、株式の担保価値を時価の八〇パーセントの掛け目率で査定しているが、その点は右約束に際し考慮されていないこと、破産者から被告に、同月五日に時価二二億円相当の株式が当初の約束どおり差し入れられたが、その際、破産者から、同月六日に予定の時価一四一億円相当の株式の差入れは同月七日にずれ込む見込みであり、また、差し入れる株式を確保するため上京する旨の話があったこと、そのため、同月六日午前九時にBが破産者に架電して上京した結果を確認したところ、時価一四一億円相当の株式のうち時価六四億円相当分のみ差し入れできると告げられたこと、同日午後六時に、被告大阪支店長のほか、同支店副支店長Y、被告担当者のH、K及びBが前記店舗「××」に赴き、株式提供の約束を誠実に実行するよう破産者に要請したこと、翌七日に破産者は、被告に対し、時価六四億円分の株式等を差し入れたものの、その余の株式は当分差し入れできない旨を申し出たこと、そのため、H、K及びBらは、同日午後五時ころから深夜にわたり前記店舗「○○」において、月中つなぎ資金返済用の住友銀行の定期預金二〇〇億円の担保提供又は右定期預金の解約による繰上返済を強く要請したが、破産者は、主取引銀行である住友銀行の態度悪化を懸念し、被告担当者の申し出を拒絶したこと、などの事実が認められる。

右認定の事実経過に照らすと、被告担当者らは、一連の架空預金事件や破産者から東信定期につき口止めの電話連絡を受けたことなどから、東信定期三〇〇億円(及び同一五五億円)が架空預金ではないかとの強い疑念を持つに至り、さらに、破産者が架空預金を利用しているとの疑念は、前年一月以来の株価の著しい下落と相まって、巨額の株式投資を行っていた破産者の資産状態がかなり悪化しているものとの疑念(すなわち、資産状態悪化の蓋然性の認識)につながり、そのために、同年七月三〇日以降、東信定期を他の担保と差し換えるべく破産者と長時間にわたり執拗に折衝し、本件担保約束及び同供与に得るに至ったと推認することができる。

この点に関し、被告は、破産者の資産状態に格別の疑念を抱いたことはなく、東信定期が架空預金であることを知ったのは同年八月一〇日になってからであると主張し、証人H、同Bの証言中にはこれに沿う証言部分が存するが、前記認定の被告担当者らの同年七月三〇日以降の一連の行動に照らすと、東信定期と株式との担保差換えを早急に実現すべく、躍起となって破産者と折衝していたことが窺われるのであって、これは、東信定期が架空預金であるとの疑念、ひいては破産者の資産状態の悪化という疑念があったためであると考えざるを得ない。もし、そうでなければ、本来確実な担保価値を有するはずの東信定期を確保しているにもかかわらず、担保価値の不安定な株式を代替担保として提供させるために、被告担当者が破産者の店舗に長時間詰めて折衝に当たるなどの一連の行動は到底理解し難い。よって、右各証人の右証言部分は到底信用できない。

また、被告は、東信定期三〇〇億円と株式との担保差換えは、破産者からの申し出に被告が応じたにすぎない旨主張し、証人H、同Bの証言中にはこれに沿う証言部分が存するが、右各証人の証言によっても、破産者が被告に担保差換えを求めた具体的理由が明らかでないこと、のみならず、甲第一八号証によれば、破産者は、同月五日に被告から返還を受けた東信定期一五五億円を直ちに富士銀行に担保として差し入れ、従前同行に差し入れていた株式の担保解除を受けていることが認められ、この事情に照らすと、破産者において、架空預金の発覚を恐れて東信定期を手元に回収しようとする意図があったことも認め難いこと、及び前記認定の被告担当者との折衝における破産者の態度などを考慮すると、破産者が右担保差換えに執着していたとは認め難く、むしろ被告担当者こそがこれに執着していたものであって、この点に関する右各証人の右証言部分も信用できない。

さらに、証人Bは、破産者が提供を約束した株式時価合計三〇三億円に八〇パーセントの掛け目率を適用して担保価値を査定すると、約二四〇億円となるが、東信定期一五五億円の担保解除の代わりにワリコー二〇〇億円の提供を受けたので、四五億円分の余剰担保が生じており、これを加算すると東信定期三〇〇億円にほぼ見合う旨証言しているが、先に尋問を実施した証人Hはこのような説明をなしておらず、これが被告担当者の共通の認識であったかは疑問であり、むしろ証人Bの証言は、掛け目率を適用しなかったことについての事後的な辻褄合わせにすぎないと思われる。

一方、前記三2(一)(7)で認定のとおり、被告は、同年八月五日に月中つなぎ資金二〇〇億円を破産者に融資しているが、これは、額面合計二〇五億円のワリコーの担保提供を前提とした融資であり、特段被告にとって不利益はないし、また、同日、手形貸付五〇億円の書換えを行っているが、これも新たに信用供与をするものではなく、即時返済を受けられない限り、書換えの措置をとらざるを得なかったものと思われ、いずれも、被告が破産者の資産状態に疑念を抱いていれば行わなかったであろうこととは考え難い。なおまた、被告は、同月九日午前一一時に合計約三四〇二万円の預金の払戻に応じている点も(乙二五の1ないし4)金額の程度に鑑み、右認定を覆すに足りる事情とは言えない。

以上によれば、被告が本件担保約束及び同供与を受けた当時、これによって他の債権者を害することを知らなかったとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

七  まとめ

以上の次第で、危機否認に対する被告の抗弁は理由がなく、結局、その余の点について判断をするまでもなく、原告は、破産者の本件各行為を破産法七二条四号により否認することができるというべきである。

なお、破産法上の否認権行使に基づく原状回復義務は、破産財団をして否認された行為がなかった原状に回復せしめ、破産財団が右行為によって受けた損害を填補することを目的とするものであるから、本件担保財産が換金されて被告の手中に存しない以上、被告は原告に対し、本件担保財産の返還に代えて処分価格相当の金員合計九七億一八二三万四七五八円及びこれに対する処分の日の翌日である平成三年八月一六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金(否認権行使の対象である行為が、ともに商人である原・被告間で行われたものであるから、商事法定利率を適用するのが相当であると解する。)の償還義務があるものと解するのが相当である。

八  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中澄夫 裁判官今中秀雄 裁判官島村路代)

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